ブックトーク「日本の女性史・あゆみとくらし」概要 |
監事 佐藤 恵子 |
第1部 基調講演
フェミニズムにとっての近代およびジェンダーは、共に打破すべきものである。フェミニズムとしての女性史は、これまでの男性権力者による歴史(=男性史)の中で姿が見えなかった女性の歴史を、多様な史料を使って発掘することであり、とくに聞き書き(オーラル・ヒストリー)は女性史研究の重要な方法である。日本では1970年代以降、聞き書きによって身近な地域の歴史の発掘に取り組む地域女性史が発展している。
1990年代以降歴史学へのジェンダー概念の導入が進み、日本では明治維新からジェンダー化が始まったことがわかっている。近代国家の形成を目指して、男性と女性を分断し、男性には忠君愛国、女性には良妻賢母を割り当てた。当時の天皇と皇后の姿は、男性性と女性性の象徴として作られたものである。
ジェンダーを打破するためには、日常生活・生きる場からジェンダーを崩していくこと、女性の意思(経験)や発言(行動)を通して家族や地域の暮らしを変えていくことが重要であり、地域女性史の実践はそのための強力な拠り所となると考えている。
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第2部 パネルディスカッション
始めにコーディネーターの上野千鶴子さんが、基調講演をふまえてパネルディスカッションの論点整理を行い、それを受けて佐藤、加納さんがそれぞれの立場から発言した。
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【上野千鶴子】
フェミニズムとしての女性史を考える際の論点として、「女の歴史をつくる」→「女が歴史をつくる」→「フェミニズムの歴史をつくる」があげられる。これらの論点をふまえて、このパネルディスカッションでは、「女性史は何を変えたのか?@歴史の見方を変えたのか A歴史学という学問を変えたのか」について話し合いたい。
女性史の実践は、従来の歴史(男性史)の中で等閑視されていた女性の歴史を付け足した。しかし、これまでの男性中心の見方(歴史観)をひっくり返して、女性の視点で歴史を作り直したといえるのか?また、男性研究者による男性視点の学問の老舗である『歴史学』を変えることはできたのだろうか?
女性史が切り開いたオーラル・ヒストリーのインパクトは、歴史学の民衆化だった。立場によって異なる歴史がつくられ、歴史は一つではないこと、誰でも歴史家になれることを示し、歴史の複線化・相対化をもたらした。
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【佐藤恵子】
『青森県女性史−あゆみとくらし』(1999年3月刊行)は、青森県の男女共同参画政策の一環として取り組まれた。T通史編(近世末〜現在)U生活誌 V現代編の3部構成。編纂にあたって、執筆者間の視点の共有、差別の捉え方、反体制的活動の取り上げ方など様々な難しさがあった。しかし、初めて青森県の女性たちの歴史を全体的に明らかにしたことの意義は大きかった。苛酷な環境の中で、力強く生き抜いてきた先人女性たちの働きを再認識するとともに、女性たちの状況改善のための貴重な資料となった。青森の女性たちの地位や役割、意識や行動の背景(土台・根底)には、農業・農村女性の影響が大きく、そのことをふまえた施策が必要であることが裏付けられた。
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【加納実紀代】
上野さんの問に対しての回答。女性史の実践は進んでいるが、いまだ歴史学という学問を変えるには至っていない。女性史は専門分野として確立しておらず、現在も女性史学科は存在しない。依然として女性史は民間学であり、研究者は独学である。
オーラル・ヒストリー学会では、戦争被害を聞き取り、記録に残す作業に取り組んでいるが、それらを通して何を訴えるか、問題提起するかが重要である。遊郭の歴史を調べているが、その中で売春に対するまなざしには、被害者としてだけでなく女性自身の差別視、分断があると感じる。従軍慰安婦問題についても同様である。
私は、広島原爆被害者の立場から原発に反対している。青森には核燃料サイクルを始めたくさんの原発が立地されている。原発は、近代の価値が生み出したコントロール不能な技術である。今こそ若い世代が歴史を学び、脱原発に向けて声をあげることを期待したい。
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【会場との質疑応答】
パネリストの発言に対して会場からは、青森県女性史の執筆者の他、大学院で歴史を学んでいる女子学生、20代の男性などから多数の質問や意見が出され、フェミニズムとしての女性史に対する関心の高さが感じられた。
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